トップページ>>シマノフスキ|ギリシャ神話

本文

シマノフスキ|ギリシア神話



バロック以前より、ギリシア神話は音楽の格好の題材だったが、特にドビュッシーを筆頭とする〈印象主義〉音楽は、神話なしには語れない。今回は、まさに《神話》と題された、ショパン亡き後ポーランド最大の作曲家シマノフスキの、三つのエピソードによるヴァイオリン/ピアノ作品を紹介します。

第一曲、〈アレトゥーサの泉〉

河神アルペイオスは、森の精、アレトゥーサに心を寄せていたが、その気のないアレトゥーサは、シラキュース近くの小さな島、オルティギア島へ逃げて、そこに湧き出でる泉に姿を変えてしまう。思いを断ち切れないアルペイオスは、海底を流れて島までアレトゥーサを追って行き、思いを遂げたそうだ。この伝説の泉を訪れたシマノフスキは、受けた印象をヴァイオリンとピアノのための作品にまとめた。

泉を思わせるピアノにのって、ヴァイオリンがまず高音でメロディを歌っていく。中途で、落ち着くように見えるが、その後、盛り上がりった後も不安定なフレーズに終始し、何か、やるせない歌が流れていく。泉と化しながら、アルペイオスの意のままになったアレトゥーサの不本意な心の表出か、落ち着きのない、官能的なトリルで曲は閉じる。

標題によりその印象を得るのはたやすいが、標題を超えた、真に印象主義的なヴァイオリンとピアノの語法を聞き、その類いまれな表現力の真価を認めることが、もっとも大事なことだろう。

変ホを基本音にした五音音階、イ調旋律的短音階の複調によって作り出される三全音と、属七系の和音が解決せずに連携していく不安定で非機能的な和声が、エロティックなまでの、瞬間、瞬間の印象を表出していく。

April 1st 2009-追補

時代の変遷とは恐ろしいもので、「映像つき」のティボーの演奏がYou-Tubeにありましたので、参考にしてください。「百聞は一見に如かず」…このフィルムを見ていくと言葉の説明というのがいかに貧しいか、わかります。ただし、映像が古いので見づらい部分もずいぶんあるかと思いますが、その点はご了承ください。

それにしても、第一曲だけで他曲に関してはないのが残念です。文化というものはどうしても時代通念を免れない運命を背負っていますから、現在、シマノフスキの音楽が評価されないのも致し方ないのかもしれません。ひょっとするとティボーは同時代人でしたから、彼にとっては「現代音楽」だったのかも知れませんね。


Jacques Thibaud in Cinephonie(Fonte Aretusa)





第二曲。〈ナルシス〉

山の精、エコーは、あこがれを拒絶した復讐として、愛の神ヴィーナスに頼んでナルシスを自己愛に溺れる青年にしてしまう。その結果ナルシスは川面に映った自分の姿にあこがれて溺死し、水仙の花と化す。冒頭から、ヴァイオリンが『あこがれ』を感じさせるようなモチーフを歌い始める。中途のフラジォレットは水仙と化したナルシスの姿であろうか。音楽は終始『あこがれ』のメロディを歌い続け、時には、盛り上がりを見せるが、それも『あこがれ』が高まったものであり、静謐なうちに曲は閉じられる。シマノフスキは、悲劇的な物語のロマンティックな面に惹かれたようだ。

 ピアノの右手はロ音の増5度上のナチュラルG、そこから増四度上の#C、さらに完全四度上の#F音。この響きだけでも調性を示さず、不安定である上、左手は、ロ長調属七和音の第三展開形で五度音、#Fを省略している(A、B、#D)。バスは#Dと#G。この冒頭の和音は、一種、非ヨーロッパ的、神秘的な響きを呈する。この音の構成から想像されるように、ロを基本音とするミクソリディア調が用いられていて、曲想は、三曲中、もっとも抒情性にあふれている。

第三曲。〈ドリアードとパーン〉

木の精、ドリュアスと、ヤギの角と足を持った森の神、パーン。パーンは音楽好きで、ニンフたちと踊るのを好み、夜の森を通りすぎる人を脅かしたりする、いたずら者だ。冒頭、ヴァイオリンがd音とその四分音(下)の間ですばやく揺れ動き、ピアノはそこを縫ってアルペッジォ気味にリズミックな和音を奏する。ヴァイオリンの活き活きとしたメロディは三曲中唯一のものだが、これはパーンがドリュアスを始めとする森の精たちと踊り回る諧謔味を帯びた性格描写であろう。

シランクス(パーンの笛)を表しているフラジォレットを合図に、前二曲の雰囲気が回想され〈アレトゥーサ〉の官能性、〈ナルシス〉の憧憬、〈パーン〉の諧謔さが入り乱れて、無秩序な想像上の世界を表出していき、ピチカートを合図に、弱音のフラジォレットで曲は寸断されたように終わる。《神話》の精髄が凝縮されているため、この一曲だけがよく演奏される。

細かいヴィブラートが多用され、トレモロ、トリル、フラジォレット、ピチカート、グリッサンド、ダブル・ストップなどが、装飾的技法として用いられたとしても、それは内容表現に不可欠なものであるからだ。ヴァイオリンはヴァイオリン独特の言葉でしゃべるが、ピアノはもはやヴァイオリンの旋律を模倣せず、ピアノにもっともふさわしい語法によって、時には、右手と左手の不協和音の使用さえ辞さずに内容を表現する。

異なった両者の言葉により、表現内容は、この上なく深さと奥行きを増す。ヴァイオリン/ピアノ作品は、《神話》によってはじめて二つの楽器に同等の役割が与えられた、と同時にこのドゥオの理想的な形式の実現をみた。さらにこのジャンルにおいて、真に印象主義作品と呼べるのはこの《神話》のみなのである。

ドビュッシー、ラヴェルも印象主義作曲家と呼ばれるが、この時代の作曲家のスタイルの変化は激しく、もはやこの二人のヴァイオリン/ピアノ作品は、印象主義語法の尻尾こそ付けてはいるが、内容、形式はまったく別の方を向いている。しかも、一般に印象主義と言えば、外的事物の内的印象による表象を目的とするが、シマノフスキの場合、外的事物は印象を与える契機に過ぎず、あくまで〈モティーフ〉に触発された心の裡の表出が目的なのである。それが、「シマノフスキの作品は印象主義を超えている」と言われるゆえんだ。もう一度、モネの『睡蓮』を見ながら、《神話》を聴き直してみよう。



曲目解説が先行して、作曲者に関する記述が後回しになってしまった。初期作品ではヴァーグナー、R・シュトラウス、レーガーの影響が顕著であったシマノフスキの作風が、とつぜん、印象主義風な変化を見せた理由はいったい何だったのか。

シマノフスキは、もともと文学嗜好の強い性格の持ち主だった。シマノフスキのヴァイオリン曲には、初期の《ソナタ》、《ロマンス》、そして《神話》より後に作られた《子守歌》、二つの《協奏曲》などがあるが、それらすべて、両対戦間中に大活躍したヴァイオリニスト、パーヴェル・コハンスキーの協力を得たもので、作曲家にとって、技術上、そして音楽上の助言を与えてくれる演奏家がいかに大きな存在になるかを示している。

シマノフスキには四つの交響曲、三つのピアノ・ソナタなど数多くの作品があるが、現在、演奏されることはめったにない。ヴァイオリン曲においても、《ソナタ》だけは国内現役盤CDが一枚あるのみで、《神話》はない。私の持っているのは、ル・シャン・デュ・モンド(フランス)盤で、クリストフ・ジャコヴィッツのヴァイオリン、クリスティーナ・ヴォルチンスカのピアノによる演奏である。

それほどすごい(いかにも貧しい言葉だが、他に言い様がない)作品だが、表現が非常に難しく、あえてこの曲に挑戦するヴァイオリニストはほとんどいない。テクニック先行の現代のヴァイオリン・シーンでは、この曲の持つ情感を表現することは、およそ不可能なことなのだろう。

音楽の印象主義といえばまずはドビュッシーだが、彼のすぐれていたのは、ピアノ曲であり、晩年に作曲した《ヴァイオリン・ソナタ》《チェロ・ソナタ》は印象主義という観点からは物足りないものがある。ということを、シマノフスキはこの作品で証明してしまったのだ。

ドビュッシーのこれらの作品がメロディから離れることができなかったのに対し、シマノフスキは、伝統的な旋法によるメロディを完全に捨て去り、ただ、印象を、しかも外界から受けたものを自己の内部で消化し、外的事物の表象を目的としない内的印象表現に成功したのだ。


川鍋 博-1998

ページトップへ



トップページへ



参考

Alpheus:

the god of the river Alpheus in Arcadia. He fell in love with Arethusa,who was transformed by Dianna into a fountain in the small island of Ortygia,near Syracuse. The Alpheus was said to flow under hte sea and come to the surface of Ortygia.


Arethusa:

a nymph who was pursued by Alpheus and changed into by Dianna into a fountain.



Krystian Zimerman and Kaja Danczowska play Szymanowsky mythes op. 30 nr. 1


Narcissus:

a beautiful youth, the son of the river-god Cephissus,with whom the nymph Echo fell in love. But Narcissus did not return to her lave. To avenge what she regarded as a rebuke to herself, Venus, the goddess of love, caused him to become enarmored of his own reflection in the waters of a stream. Unable to embrace or kiss the image, he pined away until he was changed into a flower, the narcissus.


Krystian Zimerman and Kaja Danczowska play Szymanowsky mythes op. 30 nr. 2


Dryads:

wood nymphs; the spirits of souls of trees. The were notimmortal; each Dryad came to life and died with her trees.

Pan:

the god of woods, fields, and shepherds, son of Mercury and a wood nymph. He is represented as having two small horns, a flat nose, and the lower limbs of a goat. He was very fond of music and enjoyed dancing with the nymphs. But also he was very mischievous and frightened people who walked through the forests at night.


Krystian Zimerman and Kaja Danczowska play Szymanowsky mythes op. 30 nr. 3