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印象主義音楽|カロル・シマノフスキ



モネの絵は、真に美しく、絵画本来が持つ装飾性で、わたしたちの思考を奪う。海、そしてたえず揺れ動く水平線、空、そして一時として同じ形を保たない雲、太陽、それは二度と同じ光の輝きでものを照らすことはない、そうした太陽光線に照らされてあらゆる色彩を呈する野の草花、つみ藁、睡蓮、大気までが、絵画の対象となるのだ。そこでは、「瞬間こそが永遠に通じる」という逆説が生じ、モネは一生この逆説に苦労するはめになる。画家の武器はカンヴァスだが、文学者には『言葉』という記号が必要だ。

「感覚が、まず先になかったような知識は、すべて私にとって無用である」(アンドレ・ジイド・地の糧)。

「……ものの表面と量は、われわれがものと認めたときに、記憶がおしつけるものの名とは、現実的に別なものである。エルスティールは直接に感じたものから、知的に知っているものをもぎとってしまおうとつとめた。彼の努力は、しばしば、われわれがヴィジョンとよんでいる推理の集合体をばらばらにしてしまうことであった」(マルセル・プルースト

記号を介するとき〈印象〉は容易に〈象徴〉になる。印象主義詩が言葉の芸術としてほとんど意味を持たず、象徴詩が絵画における〈印象派〉の役割を果たしたのは、この性質からだ。



松明が暗闇の皮を剥ぐやうに、懐疑の闇を引裂いて紅玉をちりばめるといふ功名を遂げてゐるのだ、と誹謗する。(鈴木信太郎訳)


これは、ドビュッシーの音楽のほうが有名になってしまったが、完成まで、十年余りを要したというマラルメの《牧神の午後》の最後の二句である。印象派的な色合いはまったく感じられず、典型的な〈象徴詩〉のかたちをしている。

この詩をもとしにた《牧神の午後への前奏曲》、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの絵画に触発された《選ばれた乙女》、メーテルランクの作品をテクストに用いた、オペラ《ペレアスとメリザンド》などのドビュッシーの作品はすべて〈象徴〉作品を題材にしている。 それが、今日では、ドビュッシーの印象派作品とカテゴライズされているものだ。

〈印象〉と〈象徴〉は非常に密接な関係をもっており、音楽では、音符という記号が何かを表象するのだから、〈印象〉音楽ではなく、〈象徴〉音楽のはずであるが、この辺の言葉づかいは難しい。

さらに、印象音楽を標題音楽と考えているような風潮さえあるが、一般には、二十世紀初頭における絵画の革新運動の影響を受けたものを、印象音楽と呼ぶのが妥当なようだ。 ドビュッシー、ラヴェルの作品の中に〈印象主義〉語法によるものが多いのは事実だが、ここで筆者はショパン亡き後のポーランド最大の作曲家シマノフスキを紹介したい。

〈印象主義〉者が、後年、スタイルをさまざまに変えていったことは、画家の例にも多いし、ドビュッシー、ラヴェルにおいても、古典的語法(新古典主義)に変貌していったと解釈するのが普通である。音楽形式上は事実だが、「〈印象主義〉語法で得た語り口は終生変わらなかった」とは、筆者の主張するところだ。その点でも、シマノフスキは同様で、変貌はなはだしいが、一九一五年から一九一六年のわずか二年間の間に、独特の〈印象主義〉語法による作品を残した。作品番号にして、二十七から三十五の間である。

作品を列挙して置こう。

  • 管弦楽曲
    • 《交響曲第三番〈夜の歌〉》Op.27
    • 《ヴァイオリン協奏曲第一番》Op.35
  • ヴァイオリンとピアノのための作品
    • 《ノットゥルノとタランテラ》Op.28(1915)
    • 《神話(ミティ)》Op.30
  • ピアノ作品
    • 《メトープ》Op.29
    • 《マスク》Op.34
    • 《十二のエチュード》Op.33もあげておこう。 


このなかで現在聞かれるのは、

《ヴァイオリン協奏曲第一番》
…ヴァイオリンの印象主義語法とオーケストラの並々ならぬ色彩感が相まって、独特の存在感をもっている。
《ノットゥルノとタランテラ》
…スパニッシュ、オリエンタル・ムードのノットゥルノの後の、激烈なタランテラのリズムは圧倒的だ。
《神話》
…ギリシア神話からの三つのエピソードによる音詩。今日もっともしばしば演奏される、ヴァイオリン/ピアノ印象主義作品の傑作。


これくらいのものか。《メトープ》《マスク》などはコンサートに取り上げられても良さそうなものだが、極度に繊細な表現を要求されるためか、筆者も実演を一度も聞いたことがない。

これらの作品に比べれば、ドビュッシーの繊細さなど、子どものようなものに聞こえるくらい真の[印象主義音楽]というのは独自の性格を持っている。読者諸氏も一聴すればその根本的な相違に驚かれるだろう…もちろんそれを感じ取るにはそれだけの音楽の素養が必要になるが…




シマノフスキ 〈束の間の二年間の印象音楽〉



ショパン、存命中、最後に出版された晩年の作品六十三の《三つのマズルカ》、これをシマノフスキ晩年の作品六十二の《二つのマズルカ》と聴き比べてみる。ショパンの作品には、一種の憂鬱さとでも言うべきものも感じられないではないが、明確なリズムとメロディ、そしてハーモニーがある。一方、シマノフスキの方は、民族音楽に目覚めていた時期の作品とはいえ、リズムはくずれ、かろうじてメロディは現れるが、すぐさま、けだるい音の流れと化してしまう。

特に作品六十二の二を聴いて、舞曲と言い当てる人はどのくらいいるのだろうか。いくつかのモチーフが何の脈絡もなく連携して、形式感も大してなく、一応は冒頭のモチーフが再現しても、ただ消え入るように終わってしまう。

こうした違いを、単なる時代の相違(前者は一八四七年作、後者は一九三四年作)と、かたづけてよいものだろうか、迷ったが、シマノフスキの作品五十のマズルカを聴くに及んで、これは同じポーランド出身であり、マズルカというもっとも民族特異の舞曲の一つ捉え方に、両者の音楽に対する決定的な相違があるなと感じたのが、シマノフスキの音楽を考える引き金になった。

その過程で、明らかになったのが、変遷に次ぐ変遷のシマノフスキの音楽語法の一時期に現れる印象主義語法である。その作品は、印象主義音楽と呼ばれているドビュッシー、ラヴェルの作品とは一種異なるものであるにせよ、これこそ真の〈印象音楽〉と呼ばれるにふさわしいものであり、こうした作品がなぜなおざりにされるているのか不思議に思い、シマノフスキの音楽全体を考察し直し、その母国のポーランドにおける位置、他の音楽家への影響も考えて総括的にまとめたのが、この論考である。ただ、焦点は、あくまでも、〈印象主義音楽〉にある。




印象主義音楽



印象主義という言葉は、画家クロード・モネが第一回アンデパンダン展に出品した〈印象・日の出〉に由来する。瞬間、瞬間に変化していく、自然の様相をカンヴァスに定着させていくには、アカデミックな絵画法を根本から転換する必要があり、その理論的基盤としてヘルムホルツの分光学理論は願ってもない根拠を与えてくれた。最初は嘲笑するつもりで用いられた〈印象派〉という言葉は、しだいに確固とした勢力となり、その当時の絵画運動の主流にまでさえなる。

それは、音楽にも影響を与えずにはおかなかった。その頃、音楽界は、根本的には大した理由もなく、ヴァーグナー派とブラームス派に対立していたのだが、その後期ドイツ・ロマンティシストたちの泥沼化した争いに一条の光を差しこんだのだ。

もちろん、まず第一に影響を受けたのはドビュッシーだった。瞬間、瞬間のうつろいゆく印象。海、風、雲、影、ギリシア神話。ドビュッシーは画家がカンヴァスにその印象を定着させるがごとく、五線紙を埋めていった。交響詩《海》、《夜想曲》、《管弦楽のための映像》などは、そうした〈印象主義〉をもっともよく反映したオーケストラ作品であろう。

ピアノ作品では、二巻の《映像》、二巻の《前奏曲》が〈印象主義〉作品と呼ぶのにもっともふさわしい。弦楽四重奏曲も含めてもよいが、晩年に計画し、完成した《ヴァイオリン・ソナタ》《チェロ・ソナタ》《フルート・ヴィオラとハープのためのソナタ》も、小生は印象主義作品と見なすが、一般には新古典主義作品の範疇に含めるのが普通である。

〈印象主義〉に関する定義のあいまいさが、こうした見解の相違を生むのだが、絵画と異なり、音楽の場合は一律に〈印象主義〉を規定するのは難しい。それでも、考察をより厳密にするには、あえて、小生の考える〈印象主義〉音楽の条件を提出しておかねばならないだろう。



印象主義音楽の条件

     
  1. 標題は、自然の事物を除いて、現実のものでないのが好ましい。
  2. 形式は、完全なソナタ形式を用いてはならない。
  3. 旋律は、西洋音階、つまり長調と短調、であってはならない。
  4. 和声は、機能をもってはならない。
  5. たとえ上記の項目に反しても、音楽が、装飾的であり、非現実的な印象を与 えることがあれば、それは〈印象主義〉音楽としても構わない。


以上が、小生の〈印象音楽〉としての最低条件であり、このことに関しては、以後もさらに精細な考察をしなければならなくなるだろう。

まず、当面のドビュッシーの三つのソナタに関してだが、慣例にしたがえば新古典主義の範疇にはいるだろうが、たとえソナタという名称はつけられていても、内容は上記のすべての点を満足しているので、小生は〈印象主義〉作品としたい。4までの外的条件よりも、5の『非現実的な印象』を与えることが、〈印象主義〉音楽のもっとも肝要な点だからである。ラヴェルの諸作品をこの範疇に入れなかったのは、その多くが、外的条件を満たすことはあっても、5の内的条件に反するものが多いからである。

《亡き王女のためのパバーヌ》や《ボレロ》を〈印象音楽〉とは通常考えにくい。ラヴェルをことさら〈印象主義〉作曲家としなかったのは、ピアノ作品においても、《夜のガスパール》《鏡》などを除いて、内的な〈印象主義〉的雰囲気に欠けるものが多いからである。




カロル・シマノフスキ(1882〜1937年)



ポーランド生まれのカロル・シマノフスキは、ショパン亡き後最大の音楽家であり、そのスタイルが転々と変わったことで有名である。まず、ショパンやスクリァビンの影響を受けた青年時代、ヴァーグナー、R・シュトラウス、レーガーの影響下にあったドイツ・ロマン主義時代、ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキーに影響された印象主義時代、それはすぐに形式上、新古典主義にとって換わられ、最後に民族主義時代に到達する。

シマノフスキの性格についても一言、言及しておかねばならない。それは、シューマンに見られたような文学嗜好であり、特にギリシァ神話、オデッセイ、などはシマノフスキの心を大きく捉えた。それが、二回の地中海周辺の旅行により印象主義音楽として結実した。このドイツ・ロマン主義から一挙に印象主義へ転じた変化は劇的であり、それが、まるで、潮を引くように、ただの二、三年のうちに新古典主義へと移行してしまうのは、外的事情というよりは、内的な表現に対する衝動が一気に奔出した感がある。

シマノフスキの天才は、この〈束の間の二年間〉に出尽くしてしまったのではなかろうか、とは、小生のみが感じるものではないと思われる。それは、一九一五年から一九一六年の〈束の間の二年間〉、作曲者三十三歳から三十四才にわたるシマノフスキのもっとも輝かしき時代だった。作品番号にして、二十七番の交響曲第三番《夜の歌》から、作品三十七の弦楽四重奏曲第一番の間だが、前者は印象主義の先駆けをつとめ、後者は終焉を示す。真に印象主義作品と呼べるのは、そのなかでも、ヴァイオリンーピアノ作品の二曲、ヴァイオリン協奏曲、三曲のピアノ作品と、ただの六曲しかないのである。




シマノフスキの印象主義作品



♣作品二十八《ノットゥルノとタランテラ》ヴァイオリンーピアノ作品♣
ドビュッシーの印象主義作品がオーケストラ曲、ピアノ曲で優れているのに対し、シマノフスキの印象主義はヴァイオリン音楽において、もっともその真価を発揮する。「ヴァイオリンの印象主義語法を開発したのはシマノフスキである」、とさえいっても過言ではない。この作品の前半《ノットゥルノ》においては、旋法的、非機能的和声、完全五度の並行と、まったく印象主義的であり、ハバネラのリズムはスペイン風を思わせるが、ここはオリエンタル風でもあるという多彩な色合いがある。

後半の《タランテラ》において、いきなり高潮して激しいタランテラのリズムに乗ってヴィルトオジテを披露する部分へ移行するのだが、タランテラという情熱的で激しいイタリア舞曲というスタイルをとりながらも、独自の印象主義的語法を基本的には崩さないあたり、書法は完全に印象主義になりきっている。

シマノフスキの印象主義は内的傾向に傾きすぎるため、一種の不健康さがあるのだが、そうした作品群のなかで唯一健康的な作品と呼んでも良かろう。また、サラサーテや、パガニーニ、サン=サーンスらが、ヴァイオリンのヴィルトオジテを主眼にした小品を数多く書いた中で、印象主義という枠をほとんどはみ出さずにヴィルトオーソ的作品としても通用する作品に書き上げたのは、シマノフスキの天才を示すに十分あまりある。

だが、その印象音楽的性格のせいか、他作品は演奏会用にたびたび弾かれる機会がある一方、《ノットゥルノとタランテラ》という名前は、プログラムにほとんど見ることができない。フィナーレは他のシマノフスキ印象主義作品には見られないほど、華やかで、圧倒的だというのに。やはり、それ以前の印象主義語法と、多彩な色合いの表現が難しいからだろか。


♣作品三十《神話》ヴァイオリンとピアノのための三つの詩曲♣
〈アレトゥーサの泉〉、〈ナルシス〉、〈ドリアードとパーン〉という三っつのギリシア神話からインスピレーションを得たこの作品こそ、ヴァイオリン/ピアノの印象音楽としての最高峰であり、シマノフスキの最上作品でもある。

それぞれ神話としての意味合いはあるが、ここでは、その説明はしない。その理由こそ、シマノフスキの印象主義語法が、ドビュッシーやラヴェルと根本的にことなる点だからであり、それを言いたいためにわざわざこの拙文を書いたといっても過言ではないからだ。

シマノフスキの印象主義は、いわば「純粋時間における内的印象の表出」と言い換えることができる。それに対してドビュッシーらの場合は、「純粋時間における外的印象の表象」であるというのが、筆者の主旨なのである。つまり、ドビュッシーの場合、たとえば、交響詩《海》を例にとれば、彼の音楽は、刻々と過ぎ行く時間に呈する海の様相を音で表象しようとする。これは、モネと立場を同一にする。

一方、シマノフスキの場合、〈アレトゥーサの泉〉と題されていても、〈泉〉を表象しようとはしない。あくまでも、そうした神話から受ける自己の〈内的〉印象を表出しようとするのだ。

そのためにシマノフスキは、ありとあらゆるヴァイオリン演奏法を使用する。フラジォレット、トレモロ、トリル、スピカート、グリッサンドなど。そのときヴァイオリンの出す音の響きは官能性をおび、蟲惑的になる。これは決して健康的とは言えない。《神話》を聴いた後、すぐにドビュッシーの《ヴァイオリン・ソナタ》を聴いてみると、その清潔な響きに驚かざるを得ないだろう。シマノフスキの印象主義語法は病的なところまで進んで行ってしまったのである。

絵画における印象主義が象徴主義から表現主義に達するとき、それが装飾性をおび、官能的になるのは、グスタフ・クリムトの作品を見ればよくわかることだ。それを理由にしてかどうか知らないが、シマノフスキの印象主義作品を『印象主義を超えてしまった作品』とみる人もいるようだ。たしかに、こうした見解も決して間違いとはいえない。しかし、筆者は『内的印象の表出』という観点から、シマノフスキのこの時代の音楽を、〈印象主義音楽〉とカテゴライズしておきたい。

とまれ、表現の非常に難しい曲であることはたしかだ。感覚的に鈍いヴァイオリニストのブラームスを聴くことはできても、シマノフスキは聴くに堪えないだろう。もちろん、作品の出来を云々しているのではない。それほど、鋭い感性と、巧妙な技巧、病的なほど緻密な表現力が必要であることを言っているのである。

さらに、この曲ではもう一つの大きな特徴を指摘することができる。既存のヴァイオリンーピアノ曲では、ヴァイオリンとピアノの間になんらかの相関関係、たとえばヴァイオリンのモチーフをピアノがまねたり、ヴァイス・ヴァーサ、があるのだが、このトリップティッチでは、ピアノは自分のパートのみを弾き、ヴァイオリンのフレーズをまねしたりしない。ここで、名伴奏者ジェラルド・ムーアの言葉を引用してみよう。

 「シマノフスキのヴァイオリン曲におけるピアノは、ヴァイオリンと同じ重要性をもっている。〈アレトゥーサの泉〉では私どもの仕事はヴァイオリニストの仕事よりもさらにむずかしい……」


おそらく《神話》のピアノ・パートのみを弾いても、一つの楽曲になるのではあるまいか。


♣作品三十五 ヴァイオリン協奏曲第一番♣
この協奏曲は、ヴァイオリンが印象主義的であることばかりでなく、オーケストラの色彩感に並々ならぬものがあることを指摘しなければならないだろう。色彩感、すなわち、装飾である。印象主義とは、装飾的であることが条件であることはすでに述べたが、それが、ここでは比類ない純度で実現されている。使われている楽器を列挙するだけでも、その多彩さが想像できるだろう。

トライアングル、タンブリン、カンパネリ、チェレスタ、ピアノ、ハープ二台、小太鼓、大太鼓、そして、コールアングレ、コントラファゴットに通常のオーケストラ。そのオーケストラの膨大さと、付属楽器の多さによる色彩感は、スクリァビンの《法悦の詩》(1908年)からの影響が大きいと考えるのが妥当だろう。音響的にも、随所にスクリァビンの音がする。

スクリァビンを引き出したのには、もう一つ理由がある。シマノフスキの用いるヴァイオリン技巧の一つはトリルだが、《法悦の詩》では、ヴァイオリンを始めフルートや内声部にもよく現れる。それは、ベートーヴェンの用いるトリルではなく、まったくの装飾としてのトリルなのであり、シマノフスキはすでに作品九の《ヴァイオリン・ソナタ》で装飾的トリルを用いているから、よほどスクリァビンから多大な影響を受けたようだ。

この装飾的トリルは、印象主義を脱した時代になってからの作品、《アイタコ・エニアの子守歌》(1925年)にも使われているから、シマノフスキのヴァイオリン語法の基本的イディオムになってしまったのだろう。

実は、この協奏曲には疑問が一つある。それは、カデンツァに入る少し前から、独奏ヴァイオリンがサン=サーンスの交響曲三番(例のオルガン付きのもの)の主題とそっくりのフレーズを演奏し始め、悪魔的なフレーズで始まるカデンツァではそのフレーズがくり返し現れることだ。

シマノフスキの他作品ではそうした引用を行っていないことから、これは実技的な面で助言を与え、カデンツァも作曲したコハンスキーのアイディアと考えられる。当時、サン=サーンスは健在だったから、このフレーズはポピュラーだったのかも知れないにしても、まったく見解の相違になるが、もう少し効果的な引用ができなかったものだろうか。筆者の耳には、ここだけが浮いてしまう。


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参考


Claude Monet

yacht rouge



Andre Gidé

Andre Gidé in 1893



Marcel Proust

The novelist in 1900



D.G.Rosetti

Proserpina





























Karol Szymanowski (1882-1937) plays his own mazurkas op 50 nr 1 and op 62 nr 1 recorded around 1935 (perhaps earlier). Quite magical to hear karol szymanowski playing the piano himself!
Karol Szymanowski mazurka mazurkas op 50 62 78rpm 1935 piano acetate disc



Idil Biret plays Chopin Nocturne in B major Op.62 No.1



Claude Monet

The Impression:Sunrise



Claude Monet

Waterlilies



Arturo Michelangeli - Debussy Reflets dans l'eau


Cypress String Quartet: Debussy Quartet in G





























szymanowski's cds
click here!!





















Kyung Wha Chung plays Szymanowsky Tarantella
The young and the older Kyung-Wha Chung plays Szymanowsky's Tarantella. The first half was filmed in 1976, and the other half from 2002. A good chance to compare the exciting artist in her youthfulness and maturity.




Jacques Thibaud plays Szymanowski's Fonte Aretusa/1st part of 'MYTH'


Karol Szymanowski - Violin Concerto No 1, excerpt. Conducted by Sir Simon Rattle, violin - Thomas Zehetmair. Paintings by Polish artists from between the wars (mostly Witkacy). Pierwszy koncert skrzypcowy, naj?adniejszy fragment. Zapraszam na:
http://placowkapostepu. wordpress.com/



Szymanowski - Symphony No. 3 Song of the Night
The first 7 minutes or so. Karol Szymanowski, conducted by Simon Rattle. III Symfonia "Pieśń o nocy" Karola Szymanowskiego, pierwsze kilka minut.Zapraszam na:http://placowkapostepu. wordpress.com/



Nicola Benedetti - Szymanowski Violin Concerto (part 1)
This is from "The Young Musician of the Year 2004" in which she won.
Once again, I'm really sorry about the editing. I went through quite a stressful time trying to split a 24 minute (approx) clip into 3 parts. This wasn't my first attempt I tell you! Anyway, I hope you enjoy it!

Nicola Benedetti - Szymanowski Violin Concerto (part 2)

Nicola Benedetti - Szymanowski Violin Concerto (part 3)



The music of Szymanowski - Sheherazade, Op.34
Classical music for your day. Part of a larger work of short tone poems called 'Masques', Sheherazade is the first movement. Masques was written 'during 1915/16' [liner notes]. Szymanowski wrote quite a bit for a number of genres including chamber, orchestral and songs, not to mention the large amount for solo piano. Karol Szymanowski - (1882-1937) - Sheherazade - 9'38"
painting: Gustave Caillebotte - Snow-covered Roofs in Paris
performed by: Dennis Lee label: Helios / Hyperion