Top Page>>下山一二三;個展2|1999年10月26日、石橋メモリアル・ホール

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下山一二三;個展2|1999年10月26日、石橋メモリアル・ホール,コンサート終了後の下山氏とミザン・ロージュ

日本を代表する作曲家、下山一二三の『個展』が、昨年に引き続き、『個展2』として行われた。

 下山作品は、ユーゲニズム(Yugenism,幽玄)として国内外に有名である。その、作風は、西欧の楽器を用いながら、日本的情緒、特に『幽玄美』を表現したものとして、国内よりは海外において評価が高いように思われる。

 昨年は、主に現代音楽演奏を得意とする弦楽合奏グループ、”ミザン・ロージュ”の参加もあって、プログラムが多彩であった反面、あまりに詰め込みすぎた感があり、多少、息苦しさを与えたように記憶している。

 が、今年の『個展』は、小編成の曲を主体にしたこと、時間に余裕を持たせたことにより、ゆったりと、”下山Music”の神髄を味わい、楽しめた。曲順に、簡略に紹介しておこう。


第一部(前半)


  1. ギターのための「N氏へのオマージュ<北緯41度>」(1987)
    "Homage to N<L.41°N>for guitar"
    --guit:柴崎建司

     ギターは、邦楽器で言えば、琵琶に相当する。もちろん、爪弾きとバチによる打絃という違いはあるが、表現の多彩さという観点からすれば、ギターに歩があるだろう。

     そして、下山はその性質を最大限に利用する。アルモニコス(ハーモニックス)による、宇宙に共鳴していくような拡大感、ラスゲアド(フラメンコ・ギターで多用される、多絃を四本の指を使って、荒々しくかき鳴らす奏法)による荒々しい不協和音の連続は、下山の内的風景、もしくは内的心象をあますところなく表現する。

    ベートーヴェンはこの楽器について、「ギターは小さなオーケストラだ」という名言を残しているが、下山の作品は、その言葉をあたかも実証しているかのようである。

     N氏とは、故野呂武男氏のことであり、下山はこの夭折の先輩からギターの可能性を学び、同郷である青森の緯度から、こうした標題を付けたそうだ。


  2. 独奏マリンバとフルートのための「ビジョン」(1991)
    "Vision for solo marimba and flute"
    --mb:高橋美智子、fl:野口龍

     ここで、おそらく誰もが驚愕するのは、コントラバス・マリンバという楽器だろう。かく言う筆者も始めてその楽器を見、地を這い、その底から世界を揺るがすような低音に度肝を抜かれた。それは、次の曲でフィーチャーされるオルガンの低音よりはるかに腹に、いや、体全体に響く。

     この楽器は、ここでの演奏者である高橋美智子氏の創案だそうだが、そうした低音だけでなく、普通のマリンバ、フルート、ピッコロ、アルト・フルートなどがあいまって、とても二人だけの演奏者によるものとは思えない音楽世界を表出していた。

     下山はよく武満徹と比較されるが、武満の代表作である”ノヴェンバー・ステップス”のように、和楽器と洋楽器の和合を試みはしない。あくまで、洋楽器の響きにより、日本人的感性を、また、下山自身の内的心象風景を表現しようとする。したがって、楽器の奏法は多彩を極め、『聴く』音楽、というよりは『見る』音楽という印象を与える。

     ここでも、細かいタンギングの可能なフルートでなければ、決して表現できない音響空間を実現させている。ピッコロの甲高い音、アルト・フルートの落ち着いた音色は、どこか鳥の鳴き声を想起させて、メシアンの音楽世界との共通性が感じられたのは意外だった。

     標題にこだわる訳ではないが、世界のビジョン、自然のビジョンと移行させていくと、自然界の生物が想起されるのは当然のことだろう。


  3. オルガンのための「情景」(1983)
    "Landscape for organ"
    --org:保田紀子

     前半最後の曲は再びソロ楽器のための作品。

     ここで疑問に思ったのは、オルガンという楽器が、下山の内的表現に適しているだろうか、ということだった。つまり、オルガンの音はもともとの性質上華美であり、押し付けがましい点がある。下山の音楽は、一言で言えば、墨絵のようなもので、淡彩ではあっても、決して、極彩色ではない。もっと、はっきりと言えば、色をほとんど感じさせない。

     津軽三味線の音、琵琶法師の語り、中世日本の和楽器の響き、唱名、経、といった日本独自の無彩色な音響。そして、寺、石庭等といった日本の古きよき時代の風景。そして、そうした風景の背後に存在する『怨霊』『輪廻』『転生』といった感覚、および思想。

    こうしたものとは、このオルガンという楽器はどうしても和合しないのではないか。

     日本的情緒、または感覚はすべて間接的であって、たとえ津軽三味線のように激しいようでに聞こえても、決して、外向的な表現ではなく、常に内へ内へと凝縮していく。一方、オルガンは、外向的であり、逆に外へ向かっていく。そこに、下山音楽との不和合を感じたが、 それは、聴衆一人一人に与えられた課題でもあるのだろう。



    後半


  4. クラリネットとチェロと打楽器とテープのための「風紋Y」(1974〜1997)
    "FUMON Y for clarinet, violincello, percussion and tape"
    --cl:荒井伸一、vc:長明和昌、per:松倉利之、技術:岩下哲也

     後半の曲には、下山がその性質を最も愛するチェロがすべて含まれている、その第一曲。

     下山の曲を聴く場合、標題には囚われ過ぎてはいけない。作曲者自身、かつてわたしに「作曲家は音楽を作る場合、常に標題を意識しているわけではなく、時には、音の響きそのもののおもしろさで、書くことがある」と語ったことがある

     『風紋』は、下山の好きな言葉であり、これはその第六曲にあたるわけだから、すでに、多くのヴァージョンがある。ただ、共通しているのは、「無の状態も含めて、この世の森羅万象すべて音楽の源である」という下山の基本的創作理念がもっともよく反映されていることだ。

     特にテープを使うということは、そこに何でも音として保存し、再生することが出来ることであり、言葉通り、そこからは、風、雨などの自然界の物音から、『声明』(経を唱える声)などが、聞こえてくる。それに各楽器が、合わさっていくのだが、そのコンビネーションの良さは驚異であった。

     まさに、世界そのものを表しているようで、そのことを下山は『風紋』という言葉で表現しているのだろう。ここでは、標題から音楽を解釈するのではなく、音楽から標題を推測するという、普通とは逆の操作が必要になってくる。

  5. 尺八とチェロとハープのための「トランズマイグレーション第2番」
    "Transmigration No.2 for shakuhachi, violincello and harp"
    --尺八:三橋貴風、vc:北本秀樹、hp:木村茉莉

     『トランズマイグレーション』(輪廻)も下山の好きなタイトルである。いかにも東洋的なこの考え方は、西欧人にとってはなかなか言葉上では納得しても、その意味合いは理解の限度を超えているようだ。それゆえ逆にこうした標題のものが音楽として与えられると、記号を超えた『本質』が体に入っていくらしい。それが、音楽の特典の一つなのであり、多くの象徴派詩人たちの憧れの的になったのである。

     たしかに下山の音楽には、なにか、『怨霊』とでも呼べそうな、わたしたちの心に直接訴える性質を持っている。これは、『幽玄』とは一致しないように思えるが、よくよく考えてみれば、そうした言葉という記号上の違いを音楽は超越していることを、下山の音楽は示唆しているところがあるのではなかろうか。

     あくまでも音楽が先にあるのであって、標題はその後に付けられる。たとえ逆であっても、大事なのは音楽なのであって、標題ではない。その意味からも、下山の音楽はほとんど『標題』付きだが、それに囚われずに、そこに脈々と流れている日本人だれもが、意識するしないに関わらず、持っている内的心象を感じ取りたいものだ。

  6. 5つの弦楽器のための「エキソルシズム」(1970)
    "Exorcism for five strings"
    --vn:植木三郎、池田雄彦、va:桑田穣、vc:西内壮一、cb:渡邊恭一

     Exorcismとは『追儺』のことであり、簡単に言えば、『魔よけ』だ。しかし、標題にこだわることはない。以前に下山はチェロが好きだと書いたが、ここでは、コントラバスが大活躍する。胴をたたき、指板をたたき、まるで打楽器のように扱う。この効果は、チェロよりはるかに説得力を持つ。標題的に解釈すれば、その音で魔物をたたき出すのである。

     おもしろいことに、この編成はモーツァルトの”アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク”の原曲と同じであり、その音楽の差に失笑してしまった。もちろん、決して、悪い意味ではない。編成は同じでも、これだけ異なる表現の出来る、音楽に敬意を払っての”笑い”だ。

     そして、どのような楽器編成においても、つまり、ソロ、デュオ、テープ利用、室内楽など、どのような形態を取っても、そこにはあの下山音楽が流れていることを確認したところで、コンサートは幕を閉じた。



  1. 追記1:
    アメリカの新聞においては、コンサートも、スポーツの結果と同様に、翌日に報道される。わたしは、そのことを雑誌にも書き、新聞社にも提案してきたが、受け入れられていないので、自分のサイトでやってみた第一弾がこの批評である。わたしは、このことを『翌日批評』と呼んでいるが、emailも普及した現在、それが実現されないのは、ひとえに『編集部』の旧態依然とした『官僚的性質』にあると、ここでも言いたい。そして、ご覧頂きたい。

     写真入りで、きちんとした批評が書けるのである。これを一月も二月も後になって読んだところで、すでに聴衆は内容をほとんど忘れているだろう。もちろん、それだけ時間をかけてもよい批評も必要だ。が、ほとんどのコンサートは一過性のものであり、翌日にこうした批評を読むことが出来たらどんなにすばらしいだろう、とわたしは長年思い続け、とうとう、自分で実現した。これからも、こうした『翌日批評』を提供してゆきたいと思う。

  2. 追記2:
    下山一二三については、改めて総論を書いてゆくつもりである。それには多少時間がかかるので、お待ちいただきたい。

 

1999.10.27

Hiroshi Kawanabe


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Reference

1.下山一二三のホームページ

2.イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

3.「音楽のおはなし」…「日本の作曲家/下山 一二三(しもやま ひふみ)」

下山一二三;個展2|1999年10月26日、石橋メモリアル・ホール,下山一二三、楽屋で…
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