トップページ>>本質の抽象|柳宗玄『野山羊』,モンドリアン


ー思考の流れるままにー

本質から抽象へ……



 岩波書店の『図書』の表紙は、長い間、柳宗玄氏自身の写した美術品の写真で装丁されていた。それから抜粋し、『同時代ライブラリー』としてまとめられた一書が『かたちとの対話』。その冒頭に、クズィスタン(イラン)出土の『野山羊』が選ばれている。

 胴と腹は水平線一本。脚を表す垂直線四本のうちの左端の一本は尻尾も兼ねている。それら全体を支配する巨大な角の曲線二本……野獣を描いてぎりぎりの単純化である。

 柳氏の描写は簡潔にして、かつ、明瞭。さらに、「中国古代の画論(古画品録)に骨法という概念があり、物を描くときは単なる形似にては足らず、形体を構成 する本質的な骨組みを描くべしと教えたが、この陶画の用筆こそまさに骨法というべきであろう」とあり、さらに、この動物が空想上ではなく、実在したことを、学名まで記して強調している。

 この『野山羊』が描かれたのは、今から五千年以前とある。当時の人々の感性の鋭さは、日常生活に密着したもので、近代人、現代人のそれとはまったく異なるとはいえ、その本質を捉えた筆法は、勝るとも劣らない。もう一歩進めば『抽象』に達するだろう。はたして芸術に進歩はあるのだろうか。中国古代の画論の『骨法』にしても、現代に十分通用する、というだけでは十分でなく、絵画芸術における本質を凝縮した言葉だ。

『本質の抽象』を考える時に真っ先に浮かんでくるのが、ピエト・モンドリアン1915年作の《コンポジション第10番・埠頭と海》、楕円の中に、水平線と垂直線によって形作られた単純なフラグメントが無数に置かれているだけの作品だ。線は黒、外枠付近から外部は淡い灰青色で、内部はほとんど無色だから、油彩とはいえ、モノクロームと言ってよい。この作品をじっと見つめていると、埠頭に当たっては戻って行くさざ波、そしてその波が陽光を浴びてキラキラ輝く様子までが、目に浮かんでくる。「形体を構成する本質的な骨組み」にとどまらず、それをさらに抽象化している点で、絵画史上、類を見ない作品、と筆者の評価は非常に高い。

《コンポジション第10番・埠頭と海》


『灰色の木』

 モンドリアンのこの時期の作品としては、まだキュビスムの面影を残した『灰色の木』(1912年)を、たしか、『オランダ絵画展』だったが、予想もしないところで、予想しないものを、レンブラントらの具象絵画作品の中に見つけて、しばらくその前から動けなかった経験がある。モンドリアンといえば、例のカンヴァスを黒の線で仕切った作品だけしか知らなかったときのことで、それ以来、モンドリアンは絵画、音楽などを考える上でのよき師となった。



現代の音楽演奏……


 音楽において、二十世紀前半はロマン的演奏が主流をなし、後半に入って、本質的なものが見直されてきた、と大ざっぱに捉えることができる。ベートーヴェンの第五交響曲冒頭、『運命の主題』をフルトヴェングラーら、一時代前の指揮者たちはこぞって、「運命はこうして戸をたたく」ようにものものしく、ダダダダーン、とやったものだ。しかし、今の若手指揮者で、こんなことをするものは一人もいない。交響曲の一主題にしか過ぎないのだから、思い入れなどなく、あっさりと通りすぎてしまう。

 音楽演奏は徐々に、いや最近は時々刻々と変わっている。まず、作曲者存命時の楽器(時代楽器と呼ぶ)による演奏が、ごく普通に行われていて、その演奏スタイルがモダン楽器で演奏する場合にも流用されている。もはや、『運命』交響曲などというものは、一時代前の指揮者が録音した復刻盤CDでしか聞くことができない。指定されたテンポでは演奏不可能とされていたのに、時代楽器(またはそのコピー)を用い、楽器編成も同じにすることによって、ベートーヴェンが指定した通りのテンポでの演奏がごく日常的に行われている(蛇足だが、ベートーヴェン時代にはメトロノームが発明されているので、譜面には正確にテンポ表示されている)。

 この原典尊重主義、すなわち、形式的には本質を重視する傾向が今は主流になっていて、最初に標的となったモーツァルトでは、もはや時代楽器グループの演奏のほうがモダン楽器の場合より多いくらいである。モーツァルトのきびきびした演奏が新鮮だ、というのが第一の理由、また、よけいな思い入れは一切はさまないのが二番目の理由だろう。管楽器と弦楽器のバランスがよい、というのは三番目の理由になるかも知れない。

 《40番ト短調》シンフォニー。1953年、ブルーノ・ワルターはウィーンを離れなければならない惜別の情をこの曲の録音に託して、第一楽章冒頭、タララー、タララーララ、ラ〜ラと、〜で六度跳躍するところに、なんと、ポルタメントを使ったのだ! ポルタメントとは、音をずり上げる演奏法で、あまりに感情過多なため交響曲で使われた例は他に聞いたことがない。このように主情をむき出しにするからこそワルターが好きだという人もいるが、本来の批評は『好き嫌い』を判断の基準にしない。

 小林秀雄によると、「ボードレールのやった事は、詩から詩ではないものを出来るだけ排除する事」だそうだが、 絵画は詩に遅れを取り、 音楽演奏においては、なんと二十世紀も終わり近くになってやっと「音楽から音楽でないものを出来るだけ排除する」試みがなされている始末だ。ミシェル・フーコーは「現代の知識人は、あまりに音楽を知らなさ過ぎる」という趣旨のことを述べているが、知識人と自負するあなた、反論できますか?






シャコンヌ……


 映画『シャコンヌ』。ご覧になりましたか。《シャコンヌ》とは、本来、バロック時代の音楽型式の一つで、一定の低音旋律のもとに行う変奏曲を意味する。もちろん、ここではその型式が用いられたバッハの《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第二番》の第五曲を指す。主人公は弾く真似だけ、実際に演奏しているのは、現代ヴァイオリン界の鬼才ギドン・クレーメル。この映画を観た方、このヴァイオリン演奏が、一般に聞かれるヴァイオリン曲とはかなり異質であったことに気づかれたでしょうか。

 ヴァイオリン音楽といえば、ほとんどの人がヴィブラートのかかった甘い音色を浮かべるに相違ないが、この《シャコンヌ》では、ヴィブラートは最小限に押さえられていて、二、三、四重音! が頻繁に現れる。いわゆるヴァイオリン音楽を当然に思っていた人を、この曲の『美しさ』がわからないからといって、責めることはできない。音楽評論家でさえ、このクレーメルのディスクが現れたとき、そのあまりにも贅肉をそぎ落とし、『骨組み』を露にした演奏を評価できなかったのだから。

 バッハの《無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ》は、ヴァイオリン音楽 の旧訳聖書とも呼ばれて、一時代前は、大家が心・技・体ともに整ったときに、満を持して全曲録音するのが慣例だった。しかし、演奏技術が格段に進歩した現在では、自己の音楽語法が確立した時点で録音してしまう風潮が高まっている。さきに触れたギドン・クレーメルが全曲録音したのは、一九八○年、三十三歳のときだ。そしてこの演奏が評価されるまでに十年ほどの歳月を要している。いかに、人間の耳が、感性が、一度伝統にならされてしまうと、怠惰になるかという好例だ。現在、次々とこの作品の全曲録音がリリースされているが、総合的に判断してクレーメルをしのぐものは当分現れないだろう。

 一時代前には、ヨーゼフ・シゲティが「バッハの精神を具現した」人のように崇められていた時期さえあった。しかし、今、シゲティの《シャコンヌ》を聞いてみると、ロマンティックという衣装を厚着していて、とてもバッハとは思えない。贅肉でぶよぶよになった『野山羊』だ。技巧はおぼつかず、ヴィブラートだらけの上、おまけに例のポルタメントまで使っている。それでも評論家の中にはこの人にこだわる人がいる。何をか言わんや。

 最近、出色の演奏。まずは、近、現代作品が得意のクリスチャン・テツラフの全曲録音。ディスクの少ないテツラフ、ファンにとって待望のCD(九八年)は、予想通り、ヴィブラートを最小限度に留めており、重音を弾くには避けられない摩擦音をほとんど出さない。このことにより、従来誰が弾いてもぎこちなかった部分、逆にこれがバッハを特色づけていたのだが、それが克服され、独特のバッハが出来上がった。「音楽でないものを排除」したのだから、その創造精神と技巧はいくら称賛しても、しすぎることはない。

 ヴィブラートをほとんど使わないのが、トマス・ツェートマイヤー。ただし、これは九八年春のルツェルン音楽祭での演奏録音がFM放送されたもので、残念ながらディスクではない。モダン・ヴァイオリン演奏からヴィブラートを締め出す、この一種矛盾した行為を実現するには、譜面の裏まで見通すような鋭い目と、胃に穴が開くような試行錯誤が必要だったに相違ない。その比類ない透明感は、二十一世紀を予告している。ヴィブラート。それは記譜されていない言わば「音楽でないもの」だが、モダン・ヴァイオリンの持つ最大の武器の一つ、すなわちもっとも効果的な装飾音でもある。が、あえてそれを捨てさる。時代楽器では一切ヴィブラートは用いないことから、「時代楽器奏法の単なる模倣だ」などと批判するものがいたら、実際にヴィブラートなしで弾いてみるがいい。弦と弓のこすれる摩擦音しか聞こえまい。

 ここには、「装飾は罪だ」と公言し、チューブから直接カンヴァスに塗りつけた 絵の具をナイフで削り取っているルオーがいる。彼が描いているのは『キリスト』 ではない。『野山羊』だ。

「詩から詩でないものを出来るだけ排除する事」のなんと難しいことか…

(了)

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