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ジョージ・ガーシュウィン|三つの顔


一九八四年ロスアンゼルス・オリンピックのオープニング・セレモニー。メイン・スタジアムに、なんと八十四台のピアノによる《ラプソディ・イン・ブルー》が響き渡った。いかにもアメリカ的、豪華絢爛たるものだ。こうしたパフォーマンスにより私たちはアメリカ人のガーシュウィンに対する深い思いを知ることができる。ガーシュウィンこそ、アメリカ人の心の中に常に住み、世界に誇りを持って紹介できる最大の音楽家なのだ。

ジョージ・ガーシュウィンは一八九八年、ニューヨークのブルックリンに生まれ、若い頃からソング・プラガー(ポピュラー・ソングの宣伝係で、歌手の歌のピアノ伴奏をする)として頭角を現す。ミュージカルがブロードウェイで大ヒットし、《スワニー》がミリオンセラーに達し、時代の寵児になったにもかかわらず、ポピュラー音楽に限界を感じて、コロンビア大学音楽科でクラシックを学び直す。

アメリカがガーシュウィンの才能を認め始めたとき、ガーシュウィンはすでにその先を歩んでいた。純粋なクラシック音楽、そして最終的にはオペラの作曲を考えていたのだ。いくつかクラシック作品を書いた後、一九三七年、ビヴァリーヒルズの豪邸住まい中に脳腫瘍で倒れる。享年三十八才だった。

生誕百年を迎えるに当たって、こうしたガーシュウィンの足跡を、順にミュージカル作曲家、クラシック作曲家、そしてオペラ作曲家の三つの側面として捉えて順に見直して行こうと思う。昨年はアストル・ピアソラが、没後五年という節目もあって、クラシック音楽界では異例ともいえるタンゴ・ブームを惹き起こした。クラシック音楽の世界が、異分子を受け入れることに抵抗がなくなった現在、ガーシュウィンが再評価されることもほぼ間違いないだろう。

第一の顔ーミュージカル作曲者


ガーシュウィンの最初に成功したブロードウェイ・ミュージカルは、《ラ・ラ・ルシール》。さらに《シンバッド》で黒人アル・ジョルソンの歌った《スワニー》がミリオンセラーを記録することにより、ガーシュウィンの名声は不動となった。

ガーシュウィンの活躍した時代は、ミュージカルにおいても、映画においても、まさにハリウッドの黄金時代だった。フレッド・アステアジーン・ケリージンジャー・ロジャース。この名前を聞いただけで涙を流す映画ファンは決して少なくあるまい。「深さがない」などという批判的な声も聞かれるが、戦後の日本に〈夢〉と〈希望〉という言葉を教えてくれたのはこの一連の作品ではなかったか。筆者は特別な映画ファンでもないし、当時の価値観の崩れた果てしない暗さと現実主義を経験している訳ではないが、それでもこれらの作品には感動する。

ガーシュウィンは実に四十以上ものミュージカルを書いている。富も名声も地位も、凡人が欲しがるものはすべて手に入れた。それなのに、フランキー(ガーシュウィンの妹)の話によると「兄はいつも憂鬱そうだった」そうだ。ガーシュウィン自身も不満をもらしている。「五曲か六曲のためにミュージカルの音楽を担当するのはうんざりだ」。これはおそらくガーシュウィンが本格的な音楽作りをいつも考えていたからだろう。そして、ガーシュウィンが最終的に目的としていたのは、前述したようにオペラを作曲することだった。《ポーギーとベス》。これについては後述する。

ガーシュウィンは後にミュージカルのために作曲した曲の中から十八曲を選んで、ソロ・ピアノ用の《ガーシュウィン・ソング・ブック》を作った。ガーシュウィンの有名曲が二十分足らずで十八曲も聞くことができるのだから、便利なものを残してくれたものだ。ただし、一曲が短いのでものたらないことは確かだ。筆者のもっているアルバムには、《ソング・ブック》を始め、《ラプソディ・イン・ブルー》《パリのアメリカ人》などの、ソロ・ピアノ演奏が聞ける。《パリのアメリカ人》も、多くのクラシック作品同様、最初はピアノで作曲されたのだ。《ソング・ブック》は、まだLP時代にアンドレ・ワッツのピアノで聞いたのが忘れられない。ワッツが葉巻を加えていたジャケットの写真もなぜか印象に残った。おそらくガーシュウィンを真似たのだろう。

〈ソング・ブック〉は、ジャズ・メンももちろん取り挙げている。オスカー・ピーターソン・トリオのものもあるが、ただし、これはガーシュウィン自身の書いた、六曲と、十二曲の合わせて十八曲から成る《ソング・ブック》ではない。ガーシュウィンの曲から自由に十二曲を選んで演奏したものだから、《ガーシュウィン・ソング・ブック》には含まれていない曲、たとえば《イット・エイント・ネセサリリー・ソウ》《サマータイム》なども収録されている。これらはガーシュウィンが最後に目指したオペラ《ポーギーとベス》の中の曲だから、その前に書かれた《ソング・ブック》には含まれていないのは当然だ。

ピーターソン・トリオは、一九五九年にヴァーヴ・レーヴェルに十枚の〈ソング・ブック〉を録音している。その中には、ジェローム・カーンなどガーシュウィン若き日のアイドルも含まれているが、ガーシュウィンは遥かにこれらの先輩を超えてしまった。

Rare film of Gershwin playing "I got rhythm",,,,,,

George Gershwin (1898-1937) at the piano, playing his own part-classical, part-pop, part-jazz compositions-- the three Preludes (No. 1 in B-flat; No. 2 in C-sharp minor; No. 3 in E-flat) and an excerpt (the andante) from 'Rhapsody In Blue'. The performance may possibly have been recorded in 1928, but this Columbia twelve-inch 78-RPM disc, 7192-M, probably was issued in the late 1930s.




第二の顔ークラシック音楽作曲家


ガーシュウィン最大の功績は、ジャズのイディオムでクラシック曲を作ったことにあるのは言うまでもない。最初のクラシック作品《ラプソディ・イン・ブルー》については、次のようなエピソードが残っている。一九二四年、ポール・ホワイトマン(当時最も有名だったジャズ・バンド・マスター)が『現代音楽の実験』という企画を考え、ラフマニノフ、ハイフェッツなどそうそうたるクラシック畑の人材が参加する大きな催し物になる予定だった。

ガーシュウィンも作品を委嘱されたのだが、忙しさに紛れてそんな企画のことは忘れてしまっていた。ところがあるとき、その広告を見て驚いた。「ジョージ・ガーシュウィン氏も協奏曲を作曲中」と書いてあったのだ。ガーシュウィンは大急ぎでピアノ・パートを作曲し始めたが、オーケストレーションしている時間がない。その上、自分のオーケストレーションも未熟だ。そこで、管弦楽パートは友人のグローフェに頼んだ。それで、現在でも《ラプソディ・イン・ブルー》のオーケストレーションがグローフェになっているのである。

ともかく大急ぎで何とか間に合わせたところ、ガーシュウィンの出番は二十三曲中の二十二番目だった。聴衆はガーシュウィンの出番のころはいい加減飽き飽きしていた。ところが、出だしのクラリネットのグリッサンドが鳴るやいなや、今まで半分眠っていた聴衆が一挙に目を覚まし、ガーシュウィンの曲に聞きほれたという。一方、演奏家たちはパート譜もきちんとしていなかったこの曲を合わせるのに冷汗のかき通しだった。が、聴衆は歓呼で答えたそうだ。

ガーシュウィンの次の管弦楽作品は《パリのアメリカ人》。これはヨーロッパ旅行中に走り書きしたピアノスケッチを、アメリカに戻ってからオーケストレーションしたものだ。パリでの印象をコミカルに描いたものだが、パリから持ち帰った自動車のクラクションを用いて当時の様子を効果的に表現している。ガーシュウィンがオーケストレイションした初めての曲になるが、標題音楽として実にすぐれた作品になっている。

ここでは、そのピアノスケッチが問題になる。先ほど筆者のもっているCDにこの曲のソロ・ピアノ演奏が収録されている、と書いた。オーケストラしてしまうと各楽器にパートが分かれてしまうので、もともとの和声などが分かりづらくなってしまう。ところが、ピアノ・ソロのままだと、そうしたことが一聴して聞き取れる。ガーシュウィンの和声や、音作りにドビュッシープロコフィエフなどの影響が色濃く現れている、と聞いたら、読者はきっと驚かれるに違いない。ピアノスケッチは音楽の骨組みをあらわにしてしまう性質を持っているのだ。

この曲で、ガーシュウィンはクラシック音楽の作曲家としても一流であることを証明した。パリでは、プーランクミヨー等、いわゆる フランス六人組の音楽家たちと親交をかわしている。

次に、純粋なピアノ協奏曲を作曲する。《ピアノ協奏曲ヘ長調》。この曲では、《ラプソディ・イン・ブルー》より一段とピアノ語法、オーケストレイションにおいて進歩の跡が見える。ただし、全体がジャズのイディオムで出来上がっているので、ジャズを知らないソロ・ピアニストによる演奏はまったくおもしろみに欠ける。しかし、若手のホープ、ペーテル・ヤブロンスキーがこのコンチェルトのおもしろさを教えてくれた。拙稿はCD紹介を目的に書かれたものではないので、できるかぎり推薦盤などは避けたいのだが、この曲の本質を捉えたはじめての演奏といってもよいくらいなので、敢えて名前を出した。

そして、《ラプソディ・イン・ブルー》の後を受けた《セカンド・ラプソディ》を作曲する。書法は当然ながら円熟しているが、所詮、二番煎じの感は免れえない。ガーシュウィンにとって、若き日の《ラプソディ・イン・ブルー》の新鮮な響きは何にも増して換えがたかったのではないか。この曲のオリジナル譜には怪しい点が多く、演奏者はそれぞれ補筆しなければならなかったが、近年、マイケル・ティルソン・トーマスが厳密な考証の結果、もっともオリジナルに近いと思われる譜に基づいて※レコーディングした。

※Thomas's 1976 recording of George Gershwin's Rhapsody in Blue with the Columbia Jazz Band featured not only the original 1924 jazz band arrangement (as opposed to the more popular symphony orchestra arrangement, written in 1942), but also the piano part "played" by the late composer, via a piano roll Gershwin himself made in 1925.


《ラプソディ・イン・ブルー》《ピアノ協奏曲ヘ長調》を聞いていくと、あの有名なラフマニノフの《ピアノ協奏曲第二番》と同じような音が聞こえてくる。ガーシュウィンがロシア人の血筋を引いているからだろうか。また、果たしてどちらがどちらに影響を与えたのだろうか。筆者にはラフマニノフがガーシュウィンの影響を受けたように思われのだが…

ガーシュウィンはアメリカ演奏旅行中のモーリス・ラヴェルに弟子入りしたい旨を明かしたそうだ。※「どうして二流のラヴェルになりたいんだい。きみはすでに一流のガーシュウィンなのに」ラヴェルはこう答え、さらに付け加えた「後に書いた二曲のピアノ協奏曲はアメリカで聞いたジャズやガーシュウィンの音楽の影響を強く受けている」 その影響はラヴェルにまで及んでいたのだ。ガーシュウィンの主要作品を聞いた後で、ラヴェルの協奏曲を聞いてみるとこの言葉がよく理解できる。

※ Gershwin asked to study with Ravel. When Ravel heard how much Gershwin earned, Ravel replied with words to the effect of, "You should give me lessons." ? "Why be a second-rate Ravel, when you are a first-rate Gershwin?"



なお、ガーシュウィンはシェーンベルクにもラヴェル同様に※「作曲法を教えて欲しい」と頼んでいるが、一層のスキルアップを願ってのためか、ジャズ出身である自分にクラシック音楽に対する一種のコンプレックスがあったためかは定かでない。

※ He also asked Schoenberg for composition lessons. Schoenberg refused, saying "I would only make you a bad Schoenberg, and you're such a good Gershwin already."



第三の顔ーオペラ作曲家


青春時代からの夢、音楽的総合作品であるオペラを作曲する日がついにやってきた。〈ポーギーとベス〉。これは白人社会から差別されてはいるが、れっきとしたアメリカ人であるニグロの生活を描いたドラマであり、数多くの同僚がそのドラマに基づいたオペラ作曲を目論んでいた。幸いなことに、まだ誰一人として手を付けていない。そこで、ガーシュウィンは本格的に取り組むことにした。

まず第一に、その舞台となるサウス・キャロライナ州、チャールストンに移り住んで黒人音楽を研究した。綿花畑(コットン・フィールド)で歌われる民謡の採取。この辺りはバルトークの手法だ。黒人の発声法を学ぶためにはニグロの教会へも通った。そこで黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)を学ぶ。そうした努力により、作品は完成した。

だが時代はまだガーシュウィンのオペラを受け入れるまでに至っていなかった。残念ながらガーシュウィンはミュージカルとして発表せざるを得なかった。そして、とうとうガーシュウィン生前はオリジナルのオペラは舞台化されなかったのである。それが実現したのは、作曲者没後であり、その時でも聴衆は、配役がすべて黒人であるこの作品をどのように解釈してよいのかとまどった。そのような試みは初めてのものであるし、あまりにも常識的オペラから隔たりがありすぎたからだ。

現在においてさえこのオペラに対する批判は後を絶たない。この作品は、あくまで白人の目から見た黒人の生活を描いたものであり、黒人の差別された苦悩の真実を描いていない、と言うのがそのもっとも大きな理由だ。これは黒人側からの批判だが、白人側からは、黒人しか出てこないオペラなどオペラとはいえない、と批判される。そこでこの作品をガーシュウインは〈フォーク・オペラ〉という名称で呼ぶことにした。

さて、この'folk orera'でWikipediaを検索してみると、ガーシュウィンの「ポーギーとベス」はもちろんのこと、 コダーイ「ハーリ・ヤノシュ」クルト・ワイルの'Down in the River'などを筆頭に台湾、中国、チベットなどのオペラもあげられている。要するにガーシュウインは「民俗オペラ」の草分けとして「ポーギーとベス」を作曲したのであり、その言葉に市民権を与えた当人として音楽史上、位置づけできるだろう。

ここで意外な発言を引用してみよう。「ガーシュウィンにとって音楽は、彼が呼吸する空気、栄養を与えてくれる食物、乾きをいやしてくれる飲み物だった。彼は音楽によって感じ、その感じを音楽で表現した」。さらに続く。「この種の直截さは偉大な芸術家のみにあたえられたものだ。ガーシュウィンが偉大な作曲家であったことは疑いない。彼が成し遂げたことはアメリカ音楽にたいしてだけでなく、全世界にたいする大きな貢献だ」。

誰あろう、あのアーノルド・シェーンベルクの言葉なのである。シェーンベルクと言えば、十二音音階の創始者であり完成者として有名だが、全く異なる方向の音楽であっても、真に独創的なものには惜しみなく称賛の言葉を贈った。音楽にたいする志向性からラヴェルのようにそれを自分の音楽に取り入れることはしなかったが、やはり、天才は天才を見抜く目を持っていたということだろう。

ロス・アンゼルスでの友人には、イーゴル・ストラヴィンスキーさえいた。ガーシュウィンはこうした二十世紀音楽を作り上げた作曲家と同時代の人間であり、彼は彼独自の境地を開拓したのである。

ミュージカル作曲家、クラシック作曲家、オペラ作曲家という三つの顔を持った音楽家としてガーシュウィンを見てきた。そこに現れた主人公の最大の魅力は、一時的な成功、失敗などには目もくれず、若き日に目指した最終目標に向かって突き進んで行く火の玉の如き魂である。これはアメリカ人が好むフロンティア・スピリッツそのものだ。それゆえに一層人々の人気を集める。英雄というのは、業績の偉大さだけでなく、精神の偉大さも必要とするということをガーシュウィンの生涯は教えてくれる。未来永劫にわたって、ガーシュウィンはアメリカの英雄であり続け、《ラプソディ・イン・ブルー》は鳴り続けるだろう。(了)

付記

ガーシュウィン自身の演奏は、ごく一部なのが残念だが、『想い出のガーシュウィン』というVDで見ることができる。これはTV番組用に編集されたテープをディスク化したもので、クラーク・ピータースの進行のもとに、妹のフランキー始め、数多くのガーシュウィンと縁のある人が登場して、約一時間半、ガーシュウィンの一生を語る。作曲者の指揮、ピアノ演奏によるリハーサル風景などの映像が納められている貴重なものだ。

上稿は1998年当時のものに多少手を加えたものであり、2011年現在、You-Tubeにガーシュウィン自身の演奏記録が掲載されていたのでここで紹介しましょう。残念ながら映像ではありませんでしたが、初演と同じポール・ホワイトマン楽団がオーケストラ部分を受け持っています。

左カラムにも作曲者自身の演奏があります。音質はこちらのほうがかなりよいですが、データが挙げられていないので、なんともコメントできかねます。



George Gershwin Live On Piano Rhapsody In Blue (1927)


Paul Whiteman & His Orchestra, Conducted By Nat Shilkret, And Featuring George Gershwin, The Composer At The Piano - Rhapsody In Blue (1927)




George Gershwin (1898-1937) Porgy and Bess, Otto Preminger's film (1959) --

Arr. et dir : Andre Previn
Principaux vocals : Cab Calloway, Pearl Bailey, Robert McFerrin, Adele Addison

1- Overture (5.20)
2- Summertime (2.41)
3- A Woman is a sometime thing (1.59)
4- I got Plenty of nothin' (3.12)



5- Bess, you is my woman now (5.13)
6- Morning ; Catfish Row (3.36)
7- In ain't necessarily so (3.09)
8- What do you want with Bess (2.09)



9- I love you, Porgy (3.16)
10- A Red-Headed woman (1.10)
11- Clara, Clara (2.14)
12- There's a boat thats's leavin 'soon for New York (2.16)
13- I'm on my way (1.49)



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参考

Wikipedia/ガーシュイン


84 Kimball grand pianos play in the 1984 Olympics opening ceremony.
1984年、ロサンゼルス・オリンピックの開会式の模様




Al Jolson - Swanee (1920)

ガーシュイン/オーケストラ曲


ガーシュイン/ピアノ曲



Gershwin Piano Masterpieces: The Song Book -- filmed in HD

(C) 2006 Multigram Srl Italy
The most famous anglo-french pianist Francois-Joel Thiollier, already winner of 8 GrandPrix Internationaux, in a stunning interpretation of Gershwin piano masterpieces. In this clip: The man I love, Swanee, Nobody but you, I'll build a stairway to paradise. The full video includes: Rhapsody in blue, Preludes for piano (I, II, III), The "Blues" from an American in Paris, Impromptu in two keys, The Song Book: The man I love, Swanee, Nobody but you, I'll build a stairway to paradise, Do it again, Fascinating rhythm, Oh Lady be good, Somebody loves me, Sweet and low down, Clap 'yo hands, Do do do, My one and only, 's wonderful, Strike up the band, I got rhythm, Who cares?, That certain feeling, Liza.
To learn more:
http://www.multigram.com/



Oscar Peterson plays- I got rythm - 1951
Recorded for the Canadian Broadcasting Corporation and little heard since then, these radio transcriptions (reissued on CD by Just a Memory) feature the brilliant Oscar Peterson when he was just 25, only two years after being "discovered" by Norman Granz. Peterson performs 20 concise duets with Canadian bassist Auston Roberts; only three songs are over three minutes, and five are under two. Although Peterson's style was pretty bop-oriented during this era, he sticks mostly to swing standards. O.P.'s virtuosity was already quite developed, and he rips into such songs as "Flying Home," "I've Got Rhythm," "Seven Come Eleven," "Air Mail Special" and "Get Happy," making every moment of the brief performances count. This melodic and enjoyable set is recommended even to Oscar Peterson fans who already have over 100 of his records. ? Scott Yanow

Terceiro e último movimento do Concerto em Fá de Gershwin, com o Trio Marcus Roberts. Regência de Seiji Osawa. Espetacular!

Gershwin-Concerto in F Mov1-1


Gershwin-Concerto in F Mov1-2


Gershwin Concerto em Fa Mov 3 Trio


George Gershwin (1898-1937) Second Rhapsody, for piano and orchestra (1932) Pianiste : Jeffrey Siegel Dir : Leonard Slatkin


Down by the riverside- Louise Armstrong


Yosuke Yamashita -Rhapsody In Blue (1/3) 1987.3.5

Rhapsody In Blue 1987.3.5 George Gershwin ラプソディ・イン・ブルー(1/3) ジョージ・ガーシュイン山下洋輔  with 東京フィルハーモニー交響楽団指揮:井上道義 Mitchyoshi Inoue



Yosuke Yamashita -Rhapsody In Blue (2/3) 1987.3.5



Yosuke Yamashita- Rhpsody In Blue (3/3) 1987.3.5




Porgy And Bess

The American Musical Masterpiece taped in National Opera in Warsaw, June 2008.




Rhapsody in blue Parte I - George Gershwin

Historia: Rapsodia en blue fue o digamoslo asi, una de las mas famosas obras orquestales del compositor del jazz orquestal, normalmernte la gente del los paises de habla espanol han confindido muy erroneamente con el termino "Rapsodia en AZUL" gran error por que el compositor la llamo rapsodia en blue, por su estilo musical, El blues.



Rhapsody in blue Parte II - George Gershwin



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