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César Franck
César-Auguste-Jean-Guillaume-Hubert Franck (10 December 1822 ? 8 November 1890) was a composer, pianist, organist, and music teacher who worked in Paris during his adult life.


セザール・フランクと言っても今や「ヴァイオリン・ソナタ」が人口に膾炙しているだけで、すでに忘れらた作曲家の一人のカテゴリに入れてもいいのではないでしょうか。

私は戦後の生まれ、団塊の世代に属する、歩けば昭和23年生まれに当たる一人ですが、同年代のクラシック愛好家の間でもフランクに言及するのは件の「ヴァイオリン・ソナタ」くらいのものと言ってよいでしょう。

ただ私は一時「音楽批評」で生計を立てていたこともあって、このドイツ臭の強いフランス人作曲家にはかなり好意を抱いていた…つまり「好きな」作曲家の一人であったわけです。

その理由はこの作曲家のテンペラメントに共感するものを共有していたからだ…と言ったところでどういうことなのかわからないでしょう、言い換えると、この作曲家の一種「憂鬱な」気質に惹かれたのです。

まず一曲、初期の代表作であるピアノ曲「前奏曲、コラールとフーガ」を聞いて頂きましょうか…


Prelude,Chorale et Fugue




いかがでしたか?イントロダクションからいかにも「憂鬱」でしたでしょう。
私、楽天的、オポチュニストと見られていますが、実はこうした音楽用語で言えば「内省的」な面も持ち合わせていて、特に飲酒後、アルコールが抜けてくると実に「憂鬱に」、いや虚無的、退廃的、人生なんぞつまらんものだから早いところ死んじまおうか…というような気持ちになります…いやなもんですが…

さてフランクですが、戦前戦後、つまり二十世紀前半にはかなり日本人には好まれていたようです。「思想」という言葉が日常的であった時代でしょうか…河上徹太郎はこう記しています。

セザァル・フランクの偉大さは、いふべきことしか決していはなかつた點にある。彼は音を弄ぶことが出来るなぞ、思ひもつかなかつた。そして音の効用を尊重し、これを或る意圖に役立たせるためにしか使はなかつた…


こうした点を河上は「誠実さ」とみなし、その「誠実さ」がフランクの音楽の「必然性」を導き出し、そしてそれが形式においては「正確」、観念においては「純粋」「愛」と言った諸性質を生み出すことにより余人の真似すべからざる境地に達した、と言い切るのです。

時代が時代ですからフランクは思想家が、またそうした傾向のある作家が題材に取り上げるのに格好の音楽家であったのではないか…と想像がつきます。

ここでもう一曲、ピアノ曲を聴いていただきましょう…

Prelude,Aria et Finale