トップページ>>バルトーク没後五十年|産経新聞記事より

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このページは「1995年6月7日付け産経新聞記事全文」と「余話」を記したものです

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バルトーク没後五十年

「バルトーク没後50年」…普遍性と民俗性の融合…世界を先取りし達成
…なお残る発見の余地…踏み込んだ研究と再評価必要

今世紀最大の音楽家の一人バルトークは、十九世紀後半ハンガリーに生まれ、一九四五年にニューヨークで亡くなった。数えればちょうど今年が没後五十年目に当たる。奇しくも日本も戦後五十年を迎え、その間に敗戦国から世界の大国への仲間入りを果たした。

見方によれば、二十世紀は既存国家主導から、民族国家の新鮮な活力への移行の時代とも呼べるだろう。特にここ数年の動きは激しい。ベルリンの壁は崩壊するし、ソヴェート連邦は解体して十五の国家に分裂した。太平洋上の島々、そしてかつては植民地だったアフリカの諸地域は既に独立国家になっている。

また近年、文化、産業面での、中国を含めたアジア諸国の台頭は目覚ましい。普遍国家としての世界は、もはやこうした数多くの民族国家の新鮮な息吹き抜きには考えることは出来ない。 突然バルトークから世界情勢へと話が飛んだが、これはバルトークの音楽の重要な本質の一つに、〈普遍性〉と〈民俗性〉という対立概念の昇華があるからだ。

バルトークが音楽に志した若き日々、西洋音楽は一大転換期を迎えていた。ブラームスやリヒァルト・シュトラウス等がロマン主義を完成した後、ドビュッシーが西洋音楽伝統の〈調性〉と〈スケール〉を崩した音楽語法で、異国的な新しい響きを齎していた。

〈ハ長調〉とか〈イ長調〉のドレミファ……七音の〈スケール〉を捨てたのだ。もともと七音以下の〈スケール〉を用いた曖昧な〈調性〉は〈民俗〉音楽によく見られる。最近流行のエスニック音楽は五音音階によるものが多く、日本の『君が代』も五音音階で出来ているのだが、お気づきだろうか。

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ドビュッシーを受け継いだシェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの三人によって〈無調性〉は蟻が這い出る隙間もないほど完璧に理論化された。シェーンベルク等が理論化した〈無調性〉音楽語法は、すべての半音を旋律音とした〈十二音音階〉を基本的音楽言語とする。

これは純粋に人工的であるから、良かれ悪しかれ生気を持たない。またモチーフはフラグメントと呼ぶべく極端に短く、メロディと呼べるような線的な音の繋がりを持たない。こうした半音階上の音の連続跳躍を普通の人は歌うことが出来るだろうか。このことで人々は現代(近代)音楽アレルギー、シェーンベルク過剰拒否症候群に陥いるが、特効薬はない。

こうしたクラシック音楽の一大危機にバルトークが救世主として姿を現す。バルトークがハンガリー、ルーマニアの民謡を蒐集、分析、分類する民謡研究家であったことは、音楽史上有名な話である。まずここから〈民俗性〉を自己のものとする。一方、音楽の基礎理論としてドビュッシーに始まる〈無調性音楽〉を体得する。が、〈民俗性〉、〈無調性〉のどちらか一方に傾倒はしない。蒐集した民謡旋律の〈民俗性〉と、伝統的理論からの〈無調性〉を昇華させた音楽作りを試み、成功させた。

〈無調性〉から譲り受けた理論的完璧さと、〈民俗性〉から抽出した活き活きとした生気とは、バルトークの音楽に、一方では死の世界の静謐さを与え、他方では躍動感溢れる生命力を保持させている。相容れないはずの〈無調性〉と〈民俗性〉を融合する、と言う音楽史上かつてない大胆かつ画期的な偉業がここで初めて達成されたのだ。

〈民俗性〉のエネルギーが無視出来ないと世界が気づいたとき、バルトークの音楽が内包するものの豊富さを知って驚く。〈無調性〉とは言い換えれば〈普遍性〉、つまりグローバルな世界であり、〈民俗性〉は民族に基づく。バルトークの音楽は世界を先取りしていると見て良い。 『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』が世界の創世から未来永劫までの時間の流れさえ感じさせるように、バルトークの音楽にはまだまだ発見すべき点が数多く残されている。没後五十年を契機に、更に一歩踏み込んだ研究と再評価が為されても良いかと思う。 (川鍋博)

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バルトーク没後五十年…余話

「今年はバルトーク没後五十年だってね。」

「誰、そのバルトークっていうの。」

と聞かれて間髪をおかず、「一八八一年、現在ルーマニア領内のナジュセントミクローシュ生まれのハンガリー人。一九四五年ニューヨーク、ウエストサイド病院で死亡。享年、六十四才。主要作品は………」などと口から滑り出してくる人、ゆめゆめ『音楽愛好家』と呼んで貰おうなど言うはかない希望を持ってはならず、もはや『クラシック音楽気違い』扱いされること必定と覚悟すべし。

が、ともかく、今年はバルトークという音楽家の死後五十年目に当たる。『音楽』を知らぬ人に百万言言葉で説明を加えようと、ただ退屈させ、他の記事に目を移させるのが関の山だろうが、二十世紀という同時代に生きた偉人の一人として、これからの話に耳を傾けて戴きたい。

二十世紀初頭にクラシック音楽は大転換期を迎えた。ブラームス、リヒァルト・シュトラウス、ワーグナーなどがロマン主義を完成させた後、クラシック音楽は方向を失ってしまったのだ。今更ロマン主義を追ったところでマンネリズムに陥るだけだし、かといって古典主義を持ちこもうという試みはすでにストラヴィンスキーが行ってしまった後だ。

いかなる芸術においても、真の創造とは『進歩』の別名であり、クラシック音楽にとっても例外ではなく、『創造』を失った音楽はもはや大した価値を持ち得ない。たとえその当時はもてはやされたとしても、時間の経過はその価値を正しく判定し、無価値なものを容赦なく淘汰して行く。ショパンの影に、幾人のプソイド・ショパンがいただろうか。リスト、パガニーニの数え切れぬ弟子の中で後世に名を留めたものはどれだけいるか。

混迷した時代に方向付けをしたのはドビュッシーだった。伝統的な長音階がドレミファソラシドの七音を元にして出来上がっているところへ、東洋の『無調的』な五音音階を導入して新奇な響きを西欧に齎した。つまり、それまで西欧音楽の背骨となってきた『調性』を破壊する方向へ走ったのだ。確かに良い着想で、行き詰まった西欧音楽に新風を吹き込むことになった。伝統はある意味で保持しなければならないが、それを乗り越えなければ『創造』という難事業は達成できない。

ドビュッシーの曖昧な『調性』から近代音楽が幕を開く。『新ウィーン楽派』と呼ばれる、ベルク、シェーンベルク、ウェーベルンの三人が、その『無調性』を発展させ、水も漏らさぬ完璧な理論化を行ったのである。ところが、これは『ダモクレスの剣』でもあった。確かに音楽は『創造性』に満ち溢れている。

が、それまでの伝統的なクラシック音楽との間に越えがたい溝を作ってしまったのだ。バッハに代表されるバロック音楽、モーツァルトに代表される古典音楽、ブラームスに代表されるロマン主義音楽、これらのいずれも音楽的な知識なくとも耳に心地好く聞こえる。だが、『無調音楽』は学習経験があるか、よほどの感受性がないと、普通の耳には心地好く響かない。

バッハの厳格で襟を正さずにはおられぬが心に残る深い感動、モーツァルトの天国的な心沸き上がる愉悦感、ワーグナーの官能的な響き、これらはすべて『調性』に基づいた『メロディ』から生まれる。だが、『無調音楽』に『メロディ』はほとんどない。一般音楽愛好家は『メロディ』なしにどうやってこの新規な音楽に対応したら良いのか。
ここでバルトークの出番となるのである。

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バルトークが『ハンガリー民謡』の収集家であることは知る人ぞ知る事実だが、同時にこの新規な『無調音楽』理論も自家薬籠中のものにしている。端的に言ってしまえば、バルトークはこの相反する二つの性質、『民俗性』と、『普遍性』つまり『理論上の産物』の昇華に成功したのだ。これがバルトークの最も偉大な点である。

言うは易し、行うは難し。実際にどのようにして『民俗性』と『普遍性』を昇華させるかとなると、これは難題極まる。だからこそ、西欧音楽の長い歴史のなかでそのような音楽は生まれてこなかったのだ。

『民俗性』を取ればローカルな民謡になってしまうし、『普遍性』を取れば、『古典主義』か『ロマン主義』か『無調主義』という型式に堕してしまう。ではただその部分をキメラのようにつなぎ合わせれば良いのか。想像の域を超えてしまうが、これではただつぎはぎだらけの、統一性に欠けた、無茶苦茶な音楽になるのおちだ。誰がこんな音楽とも訳の判からぬものを好き好んで聞くか。

バルトークの取った方法はこうだ。まず、収集した民謡を一つのまとまったフレーズごとに分解していく。すると、いくつかの共通性がフレーズごとに備わっていることが判る。すなわち民謡それぞれの特徴とは、旋法(スケール)によって性格づけられるのである。伝統的な西欧音楽の旋法は、長調で、全音全音半音全音全音全音半音の音程差による七音から成り立っている(これをエオリア旋法と呼ぶのだが)ことは小学校の教科書にも載っているが、このスケール各音の音程差が民謡ごとに異なっているのである。

こういうと、はるか昔に習った邦楽の『律旋法』、『呂旋法』という言葉を思い起こす人もいるかも知れない。たとえば「君が代」は律旋法によっている。レミソラシドレで一オクターブだ。最近の若い人たちには余り歌う機会もないようなので、ロック、ポップスなどの西欧音階に慣れた耳には奇っ怪なものに聞こえるのではないか。

小学校で習うことだが、普通の西欧長音階は、主和音上の音(ドミソ)に始まり、下属和音(ファラド)、属和音(ソシレ)を経過して主和音に戻ることによって終止した感を与える。そうでない旋法は、終わりがあってないような気分を与えても不思議はない。とまれ、我々の身近にも西欧音階によらない旋法はあるのだ。という風にそれぞれの民族にはそれぞれの旋法があると考えて良い。そして独自の民謡が出来上がる。

バルトークが利用したのは民謡そのものではなくて、それを作りあげている旋法だった。こうした旋法は、『律旋法』でも例示したように五音音階的要素を多分に持っているので、『無調的』響きになりやすい。従って、持続的なある『旋法』のフレーズを使っておいてその後に『無調的』処理をしても違和感はない。例をお聞かせできれば、一聴同然なのだが、紙から音楽は出てこないので、最も有名で親しみやすい『管弦楽のための協奏曲』でも試しにお聞きになってみてはいかが。

といっても、この曲はバルトークらしさは余り感じられないので、もっといかにもバルトークらしい曲を聞いてみたい方には、『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』がお勧め。両曲がカップリングされているCDもあるから、それで聞き比べる手もある。どちらもバルトークを初めて聞く人にとっては大した違いはあるまいが、前者は聞きやすく、後者のほうが遥かに緊張感、手ごたえがある。

譬えて言えば、『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』は『するめ』のようなものか。噛めば噛むほど味があるが、歯ごたえもある。『歯』の悪い人には向かない。がいずれも、古典派、ロマン派音楽の旋律とは一味違ったものが感じられるはずだ。

バルトークに関してはもっと本質的な音楽作曲上の特徴があり、ここでそのすべては論じ切れない。興味があれば、拙著の『バルトーク論』をお読み下されば光栄の至りです。 従って、まことに抽象的な議論で申し訳ないのですが、バルトークの偉大さの一つは、今世紀に音楽が理論上独歩し過ぎて一般の人々の美的感覚を遥かに超えてしまったときに、『民俗性』と『普遍性』という水と油のような相反する性質のものを昇華させて独自の音楽型式を作り上げ、再びクラシック音楽を人々の元に戻した点にある、ということだけでも御理解戴ければ十分、というのが筆者の意見。

これは実は大した偉業なのだが、こうしたバルトークの真価が正当に評価されるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。『没後百年』頃には、評価は大分変わっているかも知れない。いや、きっと「変わっているに違いない」ことを願って筆を置きます、か。   

川鍋博(音楽批評家)



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参考

バルトーク・ベーラ・ヴィクトル・ヤーノシュ(Bartok Bela Viktor Janos, 1881年3月25日 - 1945年9月26日)はハンガリー領トランシルヴァニア(正確にはバナート)のナジセントミクローシュに生まれ、ニューヨークで没したクラシック音楽の作曲家、ピアノ演奏家、民俗音楽研究家…wikipedia.org


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1995年6月7日付け
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